みなさーん、元彼・彼女のことを思い出して辛くなることはありませんか?
私は昨年の冬に、5年付き合った彼と別れました。
忘れたいのに忘れられず、そのたびに悲しくなります。
いつもならここで不安を減らせた経験やコツをお話しするのですが、今日は答えがありません。
あることで過去や執着を手放せた気がするけど、これで良かったのか、、、自信がないんです。
なぜならその「あること」っていうのが「彼の幸せを祈るのをやめた」だから。
幸せを祈らなくなるのって、ちょっとひどいですよね。
でも祈るのをやめたことで、時間がいつのまにか私を前に進めてくれていたことがわかったんです。
どういうことかご説明したく、よかったら続きを読んでください。
- 元彼の名前が予測変換に!忘れたいのに忘れられない
- 彼の支えになれなかった自分にできること
- 忘れることが彼の幸せを信じてる証拠
- 自分で前に進めなくても時間が背中を押してくれるから大丈夫
- まとめ:これからは潜在意識であなたの幸せを願っています
元彼の名前が予測変換に!忘れたいのに忘れられない
昨年の冬に5年付き合っていた彼と別れました。
感染予防を理由にだんだん会わなくなりましたが、コロナはたんにダメ押しで、関係はその前から終わっていたと思います。
なので復縁したいとか復縁できる、とは思っていません。
だから忘れなきゃ、忘れて前に進もう、と思うのですがこれが難しい、、、。
「思い出は処分しよう!」と思っても、食卓の椅子やら洗濯機など生活用品のすみずみに思い出が染み付いています。
それから「予測変換」が盲点でした!
彼の名前の1文字めで始まる単語を打とうとすると、予測変換で彼の名前が表示されちゃうんです。
仮に太郎くんだとすると、大変お世話になっております、って書きたいのに「た」って入力しただけで「太郎」が表示されちゃってまいっちゃいます。
彼の支えになれなかった自分にできること
繋がりはできるだけ頑張って削除しました。
SNSはアプリを消し、LINEはトークを非表示にしました(友達削除してないことが未練でしょうか、、)。
だから彼がいまどうしているかは分かりません。
新しい彼女ができたかもしれないけど、そんなこと知りたくないし。
ただ、仕事がうまくいってるかどうかだけは気になっていました。
コロナの影響で仕事がすごく大変、と別れる前に言っていたからです。
支えになりたかったけど、私の寄り添い方がだめだったのでしょう。彼は別れを選びました。
もう会えないことよりも、ピンチの時に横にいる存在として選ばれなかったことが本当にショックでした。
別れた後も、散歩の途中に神社に寄っては「あの人の仕事がうまくいきますように。幸せに健康に過ごしてますように」と毎日祈っていました。
彼の支えになれなかった自分にできることはそれくらいでした。
忘れることが彼の幸せを信じてる証拠
ある日いつものように神社で手を合わせ、ふと見上げると社の上の空が真っ青でした。
そして突然思いました。
「あの人は私が祈らなくてもきっと大丈夫」
と。
もちろん幸せでいてほしいです。あんなに楽しそう頑張ってた仕事だから、またうまくいってほしい。
だけどいつまでも心配して祈るということは、彼の力を信じてない証拠のような気がしました。
気になることをあれこれ考えてしまう心配性の私にとって、考えないこと=忘れていること、が安心して信じている状態なんです。
それに、、、「彼の幸せを祈る」と言いつつ「あなたは私を選ばなかったけど、私は私はこうして想ってますから!」とか、「私は彼の幸せに関わっているはず!」というような意地もあったんですよね、、、。
だからあの人のことを祈るのはもうやめます。
自分で前に進めなくても時間が背中を押してくれるから大丈夫
ではそうやって意地になって(?)祈っていた時間が無駄だったのかというとそんなことはないんです。
振り返って考えると、彼のことを想って祈ることも別れを受け入れるために必要な時間でした。
時間って偉大ですね。
失恋の時にはよく「前に進む」って言いますよね。でも私にはそんなことできない、って思っていました。
あんな優しくて頼りになる人とはもう巡り会えないだろう(と書いていると今でも涙が出ます)とか、年齢的にもこれが最後の恋かなぁ、と思っていたからです。
でも祈るのをやめてみて気づきました。
自分で気づかないうちに少し前に進んでいたんだ、それは時間という偉大なものが私の背中を押してくれていた、ということに。
時間はどんな人に平等に力を貸してくれます。
だからもし私のように元の恋人が忘れられなくて苦しい方も、無理しなくて大丈夫です。
あなたが泣いている時も、時間はゆっくりあなたを運んでくれているからです。
まとめ:これからは潜在意識であなたの幸せを願っています
今回の「不安をFunに」する気づきは、
- 祈ることも一つの執着だったかも。思い切って手放してみた
- 忘れることが元恋人の幸せを信じている証拠かも
- 悲しんでいる間も、時間は私たちを前に運んでくれる
でした。
最初に書いたように、幸せを祈るのをやめてよかったのか、自信はありません。
でも意識的に祈るのをやめただけでなので、これからは潜在意識で彼の幸せを願っています。
先のことはわからないけど、いまはただ何かを手放せたことと、時間のおかげで少しは前に進んでいたことを喜びますね。
心配性だって大丈夫。
時間の力を借りながらなんだかんだ楽しく生きていきましょうね。
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